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2010年3月前半
月末月初はいつも忙しいのだが、今日は特に忙しく、朝9時半から18時まで全力疾走する感じで働く。18時頃一区切りついたら、ものすごい脱力感と疲労を感じる。しかしそこで終ったわけではなくて、さらに仕事を続けて22時半になる。
読書は『ブラッド・メリディアン』(コーマック・マッカーシー 早川書房)を相変わらず読んでいて、今日は進んだ気がしたけど、まだ半分にも到達してなかった。
23時半すぎて帰宅。久々に焼酎をお湯割りで飲む。
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昨夜1時半に寝たのに、朝起きるのが極度に辛い。今日20時くらいで仕事を切り上げる。晩酌、「ブラッディ・マンデイ」を録画で見る。ずいぶんのんびりしたのに日にちが変わっていないことに驚く。
システムの更新で閉館中だった市立図書館が今日から開館した。ホームページにアクセスし、予約状況などを確認しようとしたがエラー続出。昼間は予約などのシステムの部分は落ちていた気配(たまたまアクセスしたときだけかもしれないが)。早く正常化してほしい。システム的にはいろいろ改善をしている雰囲気はあるのだ。
2時頃に寝る。
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今日も仕事が忙しい。明日の準備で忙しいので、一応今日で一区切り。20時に仕事が片付く。しかし映画には間に合わない。レイトショウで観るほどには元気がないというか、疲れている。そんなわけで軽く飲んで帰る。
今読んでいる『ブラッド・メリディアン』(コーマック・マッカーシー 早川書房)だが、新刊なので最近の作品なのだとばかり思っていたが、よくよく見たら実は1985年作だった。
一応一区切りついたので、のんびりしてしまい3時頃就寝。
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昨日でひと山過ぎて、明日から何が起こるか気になっていたが、今日も全然楽にならなかった。気がついたら22時まで仕事をしている始末。おかしい。
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今日こそ5時半で仕事を切り上げて映画を観に行くのだと心に決めていたが、どうもそうはいかない。また映画には間に合わない。
同じく先週から別の仕事で忙しかった仲間が今日で仕事が片付いたというので、では軽く飲みに行こうかという話をする。だがこちらの飲みにも間に合わない。1時間程度軽く飲みに行くつもりだったので、1時間遅れた時点であきらめる。
さらに1時間してようやく急ぎの仕事が片付く。どうせならと、月曜日に先延ばししようと思っていた仕事も片付けると21時。やりかけの仕事がなくなったのですっきりはしたけど、なんともやってられない気分なので、またまた飲みに行く。
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疲れがたまっているせいか、寝坊して10時頃起きる。
実家でエアコンが故障したというので、買い替えにつきあう。エコポイントがもらえるというので、その説明があったけど、面倒くさい話だった。
夜、「左目探偵EYE」の7話を見る。2時半位に寝る。
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2月から読んでいた『ブラッド・メリディアン』(コーマック・マッカーシー 早川書房)をようやく読了。
冒頭から、ストイックというかハードボイルドというか、坦々と事実を描くような描写に読みにくそうと思ったが読み始めたらひきこまれる。台詞に「」なしで地の文と区別ないとか難易度は高い。重そうな話だなと思って読み始めたが、実際重たいのだが、ものすごく面白い。面白いがなかなか進まない。
翻訳の新刊なので、最近の作品だとばかり思っていたが、実は1985年の作品だった。物語は西部劇の時代。頭の皮を剥ぐのはインディアンだと思っていたら、インディアン狩りをする白人の主人公たちが頭の皮を剥いで集めている。いわゆる修正主義西部劇になっている。過去四半世紀のベスト・アメリカン・ノベヴェルズの一冊に選ばれるだけのことはある読み応えのある小説だった。
新書の『ツイッター 140文字が世界を変える』(コグレマサト、いしたにまさき マイコミ新書)も読むが、ツイッターの紹介なので既にやっていると新しいことがなくてあっという間に読了。特に書くこともなし。
「ブラッディ・マンデイ」第7話を見る。
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『告白』(湊かなえ 双葉社)を読み始める。『ブラッド・メリディアン』のあとのせいか、サクサク進む。
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『告白』(湊かなえ 双葉社)を読了。
先に読んだ『贖罪』と同じく、独白による連作になっている。このスタイルは、『告白』で築いたスタイルだったのだと知る。同じ趣向の『贖罪』を先に読んでしまったので、衝撃は少なかったが、なかなか面白かった。リーダビリティが高くて、2日で読み終わった。
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仕事の打ち上げで飲みに行く。二軒目で話に夢中になっているうちに終電を逃す。久々に池袋からタクシーに乗る。運転手さんが妙に饒舌で、いろんな話を聞かされて、ある意味面白かった。
『アマルフィ』(真保裕一 扶桑社)を読み始める。
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『ニンジャ・アサシン』を新宿ミラノ1で観る。
タイトルのあやしさ通り、大阪なのにヤクザは英語を話してるとか、役の小角は忍者じゃなくて修験道だよなとか、小角の一族が全員英語で話してるとか、そもそも一族の日本家屋的修行の場がアメリカにあったりとか、変だけどそれも些細なこと。忍者対最新武装兵器が対等に戦う、ニンジャってこんなに強いのか!というホラーに近いくらいのバイオレンスアクションもの。いろんな変な日本に目をつぶれば出来は良い。ニンジャは強い!
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『ボーイズ・オン・ザ・ラン』をテアトル新宿で観る。
気の弱い男が、好きな女の子とうまくいきかけながら最悪の場面を見られて失恋。商売敵にあたる会社に勤めている男に心をゆるしていたら、そいつに好きな女の子を取られて遊ばれて、しかも実は馬鹿にされてたと判り、女の子のためなのか自分のためなのか、とにかく殴りに行って殴られてボロボロにされるけど、女の子はまだその敵の男を好きだと知る。痛い話だけど、暗くも重くもならず時折笑いながら、ダメな男を温かい目で見ながら応援しつつも最後までまったく報われなくて、それでもなんだか元気の出る熱い映画だった。
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休養。特に記述することなし。作成済の確定申告の書類をまとめるつもりだったが明日にする。
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夢が面白すぎて13時まで寝過す。
夢の話。どこか山奥の寒村に旅に来ている。村を歩くうちに、村長が変わったばかりらしいとか、村のいろんなことがわかってくる。そして村祭りの夜、地主の家で殺人が起こる。実は犯人はその家の旦那で、家族や使用人を日本刀で切りまくる。ちょっと八つ墓村みたいである。旦那は自分を見ていない者が逃げるのは放っておく。そして納戸にはいると、隠し扉を開く。納戸の隠し扉は、離れから母屋へ来るための隠し扉で、母屋側からは普段は開かない。だが、納屋の隅のある穴に磨いた丸い石をいれると、それが転がって扉を開く仕掛けを動かす。
この丸い石は、誰かの葬式のあと、その亡くなった人が大切にしていたたくさんの石のコレクションとして飾られていたものの一つだった。隠し扉の鍵となっている石を、このコレクションの石に混ぜて隠していたのだが、その秘密を知っていた旦那は葬式のときにこっそり盗み出していた。
母屋側から扉を開けてその奥に抜けると、そこは離れのタンスへとつながっている。離れには娘と家庭教師?(神尾先生みたいだな)が住んでいた。タンスから出てきた旦那は家庭教師に見つかるが、何の躊躇もなく殺してしまう。旦那は離れから逃げ去り、旦那を見たものは皆殺されて、旦那が犯人だということは誰も知らない。そして母屋からは犯人が出てこず、忽然と屋敷から消え失せたことになり、事件は謎のままとなる。
それからしばらくたち、別の村の川で何やら仕事をしている場面に変わる。そこに探偵(だけどなぜか銭形平次らしい)がやってくる。どうやら、あの村で起きた未解決の大量殺人事件の謎を追っているらしい。
何度も途中で目を覚ましては続きを見ていたが、ここで目を覚ますともう13時になっていた。さすがに起きる。続きは見られるのだろうか。無理だろうな。
作成済みの確定申告の添付資料をチェックして、封筒に詰めて近くの税務署に提出してくる。久々に昔よく通った辺りを歩く。懐かしい。
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例によってまた停滞しているので、最新日記から。
昨日、早寝して嫌というほど思いっきり眠ったので、6時の目覚ましですっきりと目を覚ます。それでも不思議なことに電車で目を瞑ると眠れるんだよな。仕事の後まっすぐ帰宅して鍋をつつきながら晩酌。
土曜日に録画した「左目探偵EYE」の最終話を見る。最終話で兄の夢人が何故犯罪プランナーになったか秘密が明らかになるのかと思ったが特に説明はない。前回の愛之助がある記憶を失っていたことだけが理由なのか? 実はこんな理由があったというどんでん返し的なものを想像していたのでちょっとがっかり。
左目探偵の能力は兄から譲り受けた左目で、兄の見たものを見ることができることで、それを使って事件を解決していく。兄夢人との対決が終わってしまうと、ただの中学生になってしまうのが、左目探偵というキャラクターの最大の弱点(物語的に)だと思っていたが、終わりには犯罪プランナーの兄の立てた新たな犯罪が起こり、左目に何かが見えるという終わり方をする。なるほどとは思ったけど、兄なき今、兄のプランの数にも限界があるしシリーズ化するにはちょっと弱い。まあ、シリーズ化するつもりはないのかもしれないけど。
読書は『アマルフィ』(真保裕一 扶桑社)を読んでいる。半分を少し超えたくらい。映画のようなとんでもない展開はなく地味に面白い。
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『インビクタス 負けざる者たち』をMOVIXさいたまで観る。
面白かった、そして素晴らしかった。ラグビーのワールドカップで南アフリカが優勝するまでの映画でも、その試合を通じて南アフリカの白人と黒人が一つになっていく様子を描いた映画でもなくて、その両方を実現させようとした大統領とそれが現実となるまでを描いた映画だ。
最初、白人のラグビー選手たちが練習をする風景、道路を挟んだ反対側では貧しそうな黒人の子供たちがサッカーで遊ぶ風景が描かれ、その間を警備された自動車が通り過ぎていくと、黒人の子供たちは夢中になっていたサッカーをやめて、通り過ぎる車に声援を送る。黒人で囚人として刑務所に入れられていたネルソン・マンデラが大統領に就任したのだ。冒頭のこのシーンが象徴する白人と黒人の間の大きなわだかまりは、大統領が執務に着く最初から細かいエピソードで描かれていく。前半から国の代表選手のラグビーの試合も描かれるが、スポーツとしての試合も面白さよりチームの問題や白人と黒人の間の溝が描かれる。それらが丹念に描かれたあと、クライマックスで理屈なしにひたすらラグビーの試合が描かれると、ハラハラしながらその勝敗の行方を見守ることになり、同じく劇中で興奮する国民たちの気持ちと同化して、言葉でも理屈でもなく、国が一体化していく様子が伝わってくるのだった。スポーツの感動をそのまま国の一体化の感動につなげて見せたのは本当に見事だ。
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